伊坂幸太郎「砂漠」を読んで
近況
梅雨のおかげで外には出られない。することと言えば実験のレポートを黙々と書くか、友達を集めて麻雀を打つかのどちらかである。さてそんな中、たまには読書でもするかと本棚をひっかきまわしていると、少し前に読んだ麻雀小説「砂漠」を発見した。
読んでみると、大学生が麻雀を楽しみながら、日常の事件に巻き込まれていくというストーリ―で、とても読みやすい。再読しても色あせない面白さがあった。
この先の閲覧は感想と紹介によりネタバレを含むため、内容を知っている人か、別に知っても構わないという人に限っていただきたい。
あらすじ
法学部に入学した主人公「北村」。クラスコンパで女好きの「鳥井」や調子者で長髪の「莞爾」、引っ込みがちだが超能力を持つ女性「南」や素晴らしく美人な「東堂」と出会う。和気あいあいとした空気の中、遅刻してきた「西嶋」が「米がイラクに攻め込んでいる」「ジョーイ・ラモーンが死んでしまった」などとがなりたて、周囲の顰蹙を買ってしまう。
変人西嶋の招集により、東南西北を名前に含む東堂、南、西嶋、北村に加え鳥井たちは定期的に卓を囲む仲となる。平和(ピンフ)をアガることで世界を平和(へいわ)にしようとする西嶋は全く勝てず、連続ラスを引くだけであった。
ある日、鳥居が北村と西嶋、もう一人眼鏡の男を誘い合コンに出かける。が、この合コン自体が罠であった。女たらしの鳥居が声をかけまくることに腹を立てたホスト「純一」が、女たちの見ている前で鳥井のプライドを砕き、ついでに金も奪おうとしていたのである。辛くもその場からは逃れられたものの、それが妙な縁となり北村達は様々な事件に巻き込まれていく......。
感想
さてこの小説を読んで感じるのは、本作で重要な役を占める、西嶋の強烈さであろう。所かまわず「米が中東を攻めるなんて言語道断だ」と言い、パンクロックを信仰し、初対面のクラスメイト達の前で
「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」(p.18より)
と宣言してみせる。まごうことなき変人キャラである。
思想
西嶋の思想で特に興味深いのは、ピンフを狙うことで世界を平和にしようとしていることだ。一見、「平和」に掛けた只の言葉遊び、ダジャレのようにも思える。が、この西嶋、なかなか強固な考えを持っている。それは「手の届く範囲でできることは全てすべきだ」ということである。
本作の中では幾度となく、「目の前の人を助けろ」という西嶋の主張が描かれる。
「今、目の前で泣いている人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ」(p.110より)
自分にできることはするという西嶋の主張。平和に貢献したいが、皆が傍観者であることを憂いている。せめて自分にできることを、と西嶋はピンフを作り続けるのである。
ここで、平和(ピンフ)の役を作り続けていればね、そういう馬鹿げた積み重ねが、通じるんですよ(p.32より)
無論、ピンフを上がることと世界平和には実際問題として何ら関係はない。だが西嶋は、ピンフを作ることこそ自分の手の届くできることであり、かつ平和に結びつくと信じているのである。正しいかどうかは置いておくと、論理的には一貫している。
信じて進む道が誤っていようと、信じて真っすぐに歩むからこそキャラクターとしての魅力に繋がるのである。
好きなシーン
先に西嶋の考えについて触れたが、好きなシーンも西嶋が主人公である。友人の鳥井は交通事故にあい、片腕をなくしてしまう。慰めるために麻雀を打つのだが、西嶋はいつものようにピンフを作らず、ひたすら「中」の牌で待とうとする。
西嶋が中単騎のリーチを掛けそのツモ番、北村に窓を開けるように頼む。訝しみながらも北村が窓を開くと、突然「ロン!」の声。なんのことかと窓の外を見ると、外に見えるビルの照明が「中」の形にともっていた。実は西嶋はそのビルの警備のバイトをしており、事前に社長に頼み、明かりを「中」の形につけてもらっていたのだ。
巨大な「中」の牌にロンの発声をした西嶋、その姿にそれまで全く笑わなかった鳥井がついに笑顔を見せた。
なんとも友情を感じる良いシーンである。このシーンの前にも西嶋は、卓に降りてきた文鳥を一索とみなしロンをした前科がある。このルール無視の伏線がこのような形で生かされることに感動した。
「砂漠」とは
本書の題でもある「砂漠」であるが、文中では「社会」の比喩として使われている。つまりこの麻雀小説は、社会という砂漠に出る前の大学生たちのモラトリアムを描いた作品である。自分も現在は主人公たちと同じモラトリアム中の大学生であり、同じ「麻雀」というゲームを好んでいる。この小説ほど劇的な事件はまあ起こらないであろうが、今一度大学生活を見つめなおし、「砂漠」に足を踏み入れるまでの準備としたい。
(参考 「砂漠」 伊坂幸太郎 新潮社)